カテゴリー別アーカイブ: 備忘録

最近のお気に入り動画

ジャンルバラバラですが、テンプレート変更記念にちょっと記事を投稿したくなりました。

【ビリー・バンバン また君に恋してる】

名曲すぎる。なんでこんなに心に染み入るんだろうなぁ。

【タカアンドトシ 欧米か!】

やっぱり欧米か!という分かりやすいツッコミとテンポの良さが最高。

【YUKIがアカペラで歌う中島みゆきのファイト!】

元気出る。

【爆笑問題太田の今週のコラム】

面白すぎる。

社会科というテーマから、だらだらと書いてみるテスト

未来を予測するためには、過去を知らなければならない。

と、どこかで聞いたことがある。

たしかにそのとおりだと思う。

未来予想マシーン

高専の入試では、社会科がなく数学の点数が2倍になるということで、
中学校2年生で歴史や地理を勉強することを辞めてしまった。

なので、僕の社会科レベルはとんでもなく低い。
どこの国がどこにあって、その国の首都はどこ?なんて質問をしてはいけない。

2年前に東南アジアをバックパックすることになって、タイの首都がバンコクであることを初めて知った。
国の位置関係や日本からの距離も、そこで学んだ。

バンコクからカンボジアに向かうバスの中で、偶然一緒になった日本人のおじさんが
ポル・ポト政権の話をしてくれた。

僕は恥ずかしながら、ポル・ポト政権がなんなのか、初めてそこで知った。

正直に「初めて知りました」と伝えたら、
「こんなのは一般常識だよ。」と言われ、顔から火が出そうになった。

他にも数人の日本人がいたけれど、みんな知っているようだった。

中学校の社会科でポル・ポト政権について聞いていたはずだし、
テストのために少しは勉強したのかもしれない。

でも、まったく覚えていなかった。

カンボジアのゲストハウスでポル・ポト政権について調べてみた。

あたりまえのことだけど、歴史は点ではなく線で、
前後関係のことも知っていないと理解出来ない。

とにかく僕にとっては知らないことが多すぎて、正直よく分からなかった。

とにかくポル・ポト政権がカンボジアの知識人を大虐殺して、
文明の発展が数十年分逆戻りしてしまったと。
そして、そんなことが最近(1975年)起こっていることに疑問を抱けと。
プノンペンとホーチミンの違いを肌で感じてみろ、と言われた。

そして、確かに違った。

言葉では言い表せないけど、遅れている感じは街全体から伝わってきた。

プノンペンでは、もちろんキリング・フィールドにも行った。なにも言えなかった。
そこには何百何千の犠牲者の頭蓋骨がある。(興味がある人はググッてみるといい)
フェンス越しに子供たちがGive me moneyと言ってくる。

 
 

そこでは、一枚も写真なんて撮れなかった。

共産主義のもとでは、正しいのは絶対的に政府だ。論理ではない。
間違ったことを言うと殺される。そんな世界がついこないだまであった。
そして、今も共産主義国家は存在する。

言論は統制され、自由はない。

はあ。
すごいよ。
 
 
 

国境という概念は、インターネットのもとではなくなったと思っていたけど、
政府はインターネットも規制できるんだよね。

こないだのエジプトの件では、びっくりした。

 
 

なんか書いてて疲れたから、このへんから文章崩します。
まとまりのない文章でした。

文章って、どこに帰結させるかを考えながら書くよね。
どういうふうに持っていったら面白いかなーなんて、思いながら書いてたけど。

とりあえず備忘録でいいやって思った。

あ、もういちど読む山川世界史っていう本で、
ひと通りさらってるけどやっぱり難しい。

でも、未来を知りたい。

調べてみると未来学っていう学問は50年ぐらい前から存在するみたい。
最近は、膨大な量のデータの相関関係も計算できるようになったから、
もしかしたら未来予測の精度は上がるかもしれない。
 
 
 

関係ないけど、人間の欲求に興味があるのかもしれない。

AIDMAやAISASの最初のAとI。
AttentionとInterestね。たしか。

ここってずっと変わらないんじゃないかな。
三大欲求はもちろん、知識欲、支配欲など。

人間が人間である限り、変わらない気がする。

以下、勉強になるリンクを貼っておきます。

教えてgoo! – カンボジア虐殺
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2485603.html

Wikipedia – ポル・ポト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%88

Wikipedia – 未来学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E5%AD%A6

欲望とコミュニケーションと僕の考える未来

Alvin Tofflerの「富の未来」を2年前にサラッと読んだ。
サラッと読める内容ではないのだが、とにかく上巻だけサラッと読んだ。
きっかけは、まぐまぐの大川社長に勧められたからだ。

大川さんは、インターネットがまだ全盛になる前、「インターネットどこでもドア」というホームページにHTML論文を書いていたそうだ。
僕はあいにく読めていないが、その文章を読んでかのホリエモンがわざわざ京都に会いに行ったそうだ。

六本木で働いていた元社長のブログ – イケてる会社
http://ameblo.jp/takapon-jp/day-20100518.html

とあるご縁で、僕はしばらく師の元で働いた。
上記エントリでホリエモンが言うとおり、師の時代と本質を見る目は確かだと常々感じていた。

そんな師に勧められた本なので、もっとしっかり読みたいと思っていた折、
少し時間とエネルギーがでてきたので、改めて富の未来を読み始めた。

読みながら思う。
感想、というか何かを書かざるにはいられなくなってしまう。

読んだことがない人に伝えるために、あえてこの本を一言でまとめるとこうだ。

「今この瞬間も、産業革命に匹敵する大きな変化がいたるところで起こっている。
その変化に政治も経済も人間も、ほとんどの社会システムが追いつけていない。」

歴史的には、狩猟から農耕へのシフトによって蓄えることを覚えた。
蓄えることでわずかではあるが余暇ができ、そこに定住することができるようになる。
村ができ、権力が現れる。モノを交換することを覚え、貨幣ができる。

工業化によって、大量生産ができるようになる。
大量生産できると、製造コストが抑えられ、今まで手の届かなかった庶民もモノを買えるようになる。
ライン化された工場で、働く人員がたくさん必要になる。人を集めると都市ができる。
作ればとにかくモノが売れた時代なので、効率化が求められる。

決まった時間に決まった動きをすることができる人間が重宝され、学校教育の段階から決まった時間にチャイムが鳴る。(これはいまだに引きずっている当時の慣習の一つである)

マスメディアは、欲望を掻き立てる広告宣伝を繰り返し、大衆はそれを買うために一所懸命働く。
これで、うまく経済は回っていた。

多くの法律や制度は、この時代に合わせられて作られたものである。

そして、現代は脱工業社会の動きが激しい。これがAlvin Tofflerがいうところの第三の波である。
時代は、知識経済へ。
技術の進歩により、消費者は簡単に生産者になることができるようになった。
(僕がここでブログを書いて、あなたに読んでもらっているということも、そのひとつだ)

しかも、知識は誰かにあげたりしても、つかってもなくならない。
おまけに、知識の移動コストは限りなくゼロになった。

10年ぐらい前だろうか。僕が中学生の頃、
Napsterが音楽ファイルをP2Pという技術を使って、知らない人と音楽ファイルを無償で交換できる、という事態で業界全体が揺れた。
中学生ながら、僕は読めない英語を苦労して読んで、ドキドキしながら音楽をダウンロードしていた。
当時は、無料で音楽を手に入れようなんて、とんでもない。と悪者の烙印を押されてしまった。

しかし、今ではYoutubeに積極的にプロモーションビデオをアップロードしている。
この10年で、所有権の定義も変わったと言っていいかもしれない。

このように今までの常識が、知識経済では通用しなくなり、
今までのモデルにあてはめて考えてしまうことをリスクとまで言及している。

たとえば、ここ最近のニュースをひとつとってみても、この波の影響であるといえる。
フィーチャーフォンからスマートフォンへの移行のスピードが予測以上のものであり、
帯域制限をするしかないというキャリアの苦肉の策だ。

KDDI、スマートフォンで通信速度制限を実施
http://k-tai.impress.co.jp/docs/news/20110822_471979.html

たったいま起こったゲリラ豪雨、東京中の個人レポーターが氾濫した川を撮影する。
それを瞬時にまとめる人がいる。
もはやあらゆるテレビ局が集結しても、マスメディアにこんな芸当はできないであろう。
そして、重要なのはこれには1円もコストがかかっていないことだ。

東京都内の大雨まとめ(2011/8/26)
http://matome.naver.jp/odai/2131434331986288501

そんなことが、世界中のあちこちで毎日のように起こっている。

この波のスピードに対応できない国家や人は、徐々に貧しくなっていくことが目に見えている。
今まで貧しかった国が、ハングリー精神を見せてGDPを毎年ぐんぐん伸ばし、
アメリカの経済は終わり、アジア経済圏への回帰だと世間では言われている。
ドル安も大変なことになっている。

ベトナムの国内総生産

この波で、変わらないものはなにか。そして、価値が上がっていくものはなにか。
そんなことを毎日考えて過ごしている。

僕が尊敬しているとあるCTOは言った。
「余暇時間は今後どんどん増えていく。その余暇時間の奪い合いである。
しかし、ヒト対ヒトのコミュニケーションは未来永劫なくならない。」

家事のあらゆることが自動化され暇を持て余す主婦は、テレビを見て、雑誌を読んで、ソーシャルゲームで何万円も消費する。
これを不毛な時間だと言い切るのは簡単ではあるのだが、僕はとっても興味深く見守っている。

ぼんやり

人生とは一体なんなのだろうか。
現代における価値とは、なんなのだろうか。

これは、文明批判ではない。
良いことも悪いことも、予想だにしない事がこれからどんどん起きるんだろうけど、
僕は未来は100%明るいと信じているし、この時代、日本に生まれたことを幸せに思う。

気の遠くなるような長い地球の歴史の中で、
何かたったひとつでも誰かを楽しく幸せにできたらいいなぁ。

そんなことをぼんやりと思いました。